私は今までの人生経験や神仏の学びから人の生き死に「死生観」
現世の別れに耐性(免疫)のようなものがあると思っていました。
しかし数日振りに自宅の自分のベットに入り、暗く静かな時間を
迎えた時に言葉にするのが難しい深い寂しさに襲われました。
普段どんなに学び(修行)を積んでいるつもりでも、大切な人の
死はやはりダメージが大きいものです。
スピリチュアリストとして当然わかってはいるのです。
人の死とは永遠の別れでもないし、目には見えなくとも思いはつ
ながっていることも。
でもやはり直に触れたり、顔を見たりすることができないとなる
と寂しさがこみあげてきてしまいます。
皆さんはしっかりと「今を生きていますか?」
過去に囚われ過ぎていませんか?
執着・後悔・想い出などにしばられていませんか
未来に不安を抱いていませんか?
病気・老化・目には見えないものなど
人というのは本来は魂の存在で霊体です。
そこに肉体という着ぐるみを身にまとって可視化しているだけ
です。
では何でそんな事をする必要があるのでしょう・・
それは万人に共通して魂を成長させ神という存在に近づくため
です。
それが、この地球に人として生まれ、生きる本当の意味なので
す。
過ぎた無理はダメ!
でも少しは背伸びして生きないと後悔につながってしまいます。
何故なら明日が当たり前にくるという保証は誰にもないからです。
だから今日という日を、今という時間を無駄にすることなく過ご
すことが大事になるのです。
それが「今日を込めて生きる」です。
なにも神道や仏教などの学びをしたり、無理に善人面して生きる
ことを言っているのでは決してありません。
今という一瞬一瞬を大切に生きることで十分なのです。
そして全てのことに感謝する心さえ忘れなければ、それでOK👌
なのです。
どうか皆さん「今を生きてください」
そして私はしつっこいので何度でも云います。
人生とは経験と感動(喜怒哀楽)の積み重ねです。
そして価値があるから生きるのではありません。生き抜くこと
に価値があるのです。
どうか皆さん今日も笑って過ごしましょう😄
では今日も生かしていただけていることに心から感謝します。
本日もご訪問くださり誠にありがとうございました。